近年、南シナ海で沸々と緊張が高まっているが、これは中国にせよ、ASEAN、国際社会にせよ、何人の利益にもならぬものである。多くの者たちは南シナ海を「紛争の将来である」 1とし、現状が「袋小路…」であり、「武力衝突」 2に通じ得るもので、「戦略家や為政者たちの早急な対応を必要とする」 3と警告している。最悪の事態は、関係者たちがこの問題を収集できずに紛争が勃発し、地域全体が不安定となるにまかせ、長年続いた平和や安定、経済開発の進行を覆すような事があれば、明白となる。南シナ海の責任ある利害関係者として、ASEANと中国は以下に挙げた三つの安定のための優先的施策に着手し、平和と安定の維持にあたるべきである。
第一に、ASEANと中国の戦略的信頼関係が、相互の「戦略的保証」を請け合う事で強化されるべきだ。
中国はいくつかのASEAN加盟諸国が、アメリカがアジアに「拠点」を置き、南シナ海へ介入する事を認めている、あるいはそれを助長しているのではないかと疑っている。様々な機に、中国はASEANが地域のパワープレイにおいて「一方の肩を持つ事がないよう」念押しを行ってきた 4。一方、ASEANがそれとなく懸念を表明した 5中国の南シナ海における覇権主義的志向は、中国が軍事、準軍事的な自己主張の急上昇によって脆い現状を変える代わり、微笑外交を放棄した事によって裏付けられる。
中国が最近、東シナ海で一方的な防空識別圏(ADIZ)を通告した事や、海南での漁業規制を発表して南シナ海の3分の2の海域で操業する「外国」漁船に、中国当局への許可を求めるよう要求した事は、中国の新たな指導部が善隣友好政策の継続を主張した事を考慮すると、中国の言行一致能力に疑念を投じるものであった。この戦略的不信の行き着く先は、作用と反作用の連鎖、例えば地域の再武装化や軍事化が安全保障環境をさらに悪化させ、地域のパワーバランスを乱し、不安定な影響を与えるというような事である。ASEANと中国には、悪化の一途をたどるこの戦略的不信に、直ちに歯止めをかける必要がある。
中国はASEANに対し、平和的発展を続け、彼らの主導者たちが公表した事を厳密に実施するという事を再保証した上で、さらなる自制を行う必要がある。最も重要な事は、中国がその急激な経済力や軍事力の高まりについて、これがASEANを力づける原因であって憂慮の原因ではないと証明する必要があるという事だ。中国はその好景気がいかに地域の繁栄の利益となったかを、説得力をもって示してきた。
中国が海軍の能力についてこれを行うには、最新の艦艇を係争中の海域ではなく、海賊や武装強盗との戦闘支援のために、あるいは南シナ海の遭難者や遭難船の救助、例えば2013年にフィリピンを襲った台風ハイエンのような大災害時の救助活動のために送る事である。中国はその領有権問題が、引き続き平和的に解決され、軍事力や準軍事力、経済力などが使われる事がない事を示すべきである。
中国はASEAN内の全ての疑念を払拭するはずである。中国がASEANとの南シナ海についての対話、例えば拘束力を持つ地域の行動規範交渉などに、もっと進んで関わるならば、対話は心底有利なものとなるのである。
一方、ASEANは中国に対して、ASEANが中国に対抗する域外諸勢力の支援を求めているのではない事を保証する必要がある。ASEANは、その目的が地域内の主要国と関わる事で、全ての者の利益となるような、力強い平衡 6と協力体制を創り出す事だと示さなくてはならない。ASEANはまた中国に対して、東南アジアが大国のパワープレイに興味もなければ、干渉する力もない事を示し、平和、自由、自治の東南アジア地域の構築というイデオロギーが、現在でもなお深く、彼らの価値観の中心にある事を示す必要がある。オーストラリア人の学者Hugh Whiteは、露骨ではあったが、むしろ正しい事を言った。
「ASEANは、アメリカが中国を自国の利益のために操る事を助けはしない」。 7
第二に、ASEANと中国がさらに取り組むべき事は、南シナ海の規定に基づく制度基盤、特に1982年のUNCLOS(国連海洋法条約)の強化である。
中国とASEANの両者は、UNCLOSが南シナ海に法的秩序を創り出すための基盤である事に同意した。中国は「UNCLOSの原則や目的を守る事を重視している」 8。ASEANは「広く認められた国際法の諸原則を、1982年のUNCLOSも含め、完全に尊重する」事を求めた 9。しかし、多くの相違点がUNCLOSの解釈や適用、実施の過程で明らかとなり、これが当事者たちの間にいくつかの誤解を生む事となった。中国の「歴史的権利」に対する主張は、とりわけ典型的な例である。中国が南シナ海に対する歴史的権利を主張し、そのような権利がUNCLOSの調印国となる事で破棄される事はないと主張する一方で 10、ASEANは、そのような権利については既に1982年のUNCLOSの交渉過程で熟慮、議論され尽くしたものであり 11、条約の効力によって、その権利は破棄されるという見解であった。UNCLOSの解釈をめぐる、その他の相違点の原因としては、文書交渉の際の意図的な曖昧さや、新たに生じた海洋問題で、条約起草時には存在しなかった、より的確に言うと考慮されなかった問題がある。
意図的な曖昧さというのは、島々の管理体制の曖昧さや、その結果としての複雑な海域などであり、UNCLOSの下に生じたそのような特性が、南シナ海の多くの小島や岩礁、低潮高地にまつわる多くの誤解を生み出したのである。沿岸国の排他的経済水域内における「平和目的」や「航行の自由」の範疇内での軍部の情報監視の権利と限度に、議論の余地がある事は、非の打ちどころがない2009年の事例に見られる通りである。UNCLOSは半閉鎖性海域にある沿岸諸国に、様々な面での協力を義務付けたものの、そのような協力がいかに生じるのか、例えば航行上の安全や環境を脅かす事なく軍事演習を行う方法や、国家間にまたがった魚種資源の保護のために、諸国がどのように協力する必要があるかなどについては、ほとんど、あるいは全く指針を与えなかったのである。
新たに生じつつある問題は、海洋空間やその海洋資源の新たな利用によるもので、これらは新しい議論や問題発生の引き金となり得る。不適切な問題、あるいは無規制の問題として、地域の海底利用が増加する状況での海底ケーブル敷設や、新たな海洋資源獲得のための生物資源調査活動の増加、海洋観光、特にエコツーリズムの増加、廃止設備数の増加や、航海の安全性に影響を与え得る海洋構築物(廃棄及び改修の問題)、特にもう使われなくなった建造物 12の問題などがあり、これらは全て、適切な対応がなされなければ、新たな問題発生や緊張の源となり得る。結局、たとえ完全に規制された環境の中で、そのような規制に統一された解釈や適用、実施が伴っていたとしても、例えば、南シナ海の混み合った通信回線の通信量が急増する事から生じる不測の出来事などを通じ、問題はなおも発生し得る。このような問題発生のリスクを最小限に止めるための協力は、ASEANや中国、その他全ての南シナ海を利用する者達にとって、長期的な利益となる。これが南シナ海の法的秩序の最も重要な基盤であり、これを基にその他の制度であるDOC(行動宣言)や、未来のCOC〈行動規範〉が築かれる事からも、ASEANと中国が協力してUNCLOSについての相互理解を促進し、この条約の解釈の差異を縮める事で、その適用と実施における一致に到る事が根本的に重要であり、必要な事である。ASEANと中国がこの方向へ向かう最初の一歩は、彼らがその海洋の諸権利を、UNCLOSに沿った形で主張する事であろう。
第三に、中国とASEANは直ちに、拘束力を持つ南シナ海における行動規範の項目を起草し始めるべきである。
拘束力のある南シナ海における地域的行動規範の制定が、ASEANの90年代初頭よりの抱負であった事 13、さらには、90年代後期に中国が地域的COCの交渉過程に入る事で合意した際、中国もこの抱負を分かち合っていたという事は、思い起こしてみる価値がある。2002年に調印されたDOCは不完全なCOCであった。ASEANと中国がこの規範を骨抜きにせざるを得なかったのは、彼らがそのような文書の適用範囲に同意できなかったためである 14。ASEANと中国は、その後、DOC自体の中(第10条)でも、また2006年には、 15両者の国家元首間でも、彼らがこの未完の課題と南シナ海における地域的行動規範の最終的な採択に向けた取り組みを継続させる事を繰り返し述べている。2013年の9月には、ASEANと中国がCOCの「協議」プロセスを開始するにあたり、COCに関する初の高級事務レベル会合が中国の蘇州で開催された。第二回の会合は、2014年4月にタイで開催される予定である。だが、ASEANのCOCプロセス早期制定のための弛まぬ努力にもかかわらず、中国側には切迫感が感じられず、この「協議」プロセスに関する明確な期限や作業計画についても意見がまとまっていないのが現状である。
多くの者たちは、COC起草時の中国の積極的な役割が、中国にとって最大の利益となるだろうという事を確信している。なぜなら、それはASEANと中国が協力して自分達だけで問題解決を成し得る事を示すからだ。これはいかなる外国の干渉にも抗し得る、最強の保証となるもので、中国が絶えず求めてきたものなのである。COC起草に際し、ASEANと中国は、DOCの制約を考慮し、COCが確実にこれらに正面から取り組むものとなるようにするべきである。まずは、COCをよりきめ細やかなものとして、DOCに相当見られた文言の曖昧さをできる限り回避するよう努めるべきだ。次に、COCは透明性のある機構を備える事によって確実に順守されるべきである。例えば、制度化された審査機構などを備えるべきである。三つ目に、COCはそれ自体の解釈や適用に関する紛争を解決する制度を体現するべきである。最後に、COCは包括的な規則や原則を含むだけではなく、明確な処置上の指針を設け、問題発生に陥った関係諸国が、勃発の可能性のある紛争を緩和する手立てを即座に知る助けとなるべきである。
南シナ海の状況が対処可能である事を確信できる強い根拠がある。ASEANと中国の南シナ海に対する戦略地政学的関心は収束させ得るものだ。ASEANと中国の南シナ海に対する法的見地を整合性のあるものとする事も可能である。ASEANと中国の南シナ海に対する相違点の多くは、誤解や相互理解の欠如によって生じた、あるいは深められたものであり、これらは両者の対話や協力の強化で克服し得るものである。したがって、ASEANと中国は直ちに措置を講じ、上に挙げた三つの優先的施策を実施し、戦略的環境を安定させ、地域の法的基盤を強化し、信頼を高める事で南シナ海の緊張を弱めるべきなのである。
Nguyen Hung Son
The author is Director of Policy Institute for South China Sea Studies, Diplomatic Academy of Vietnam.
The views expressed in this article are of his own.
Notes:
- Robert Kaplan, “The South China Sea Is the Future of Conflict”, Foreign Policy, Sept/Oct 2011 ↩
- International Crisis Group Report, “Stirring up the South China Sea: Regional response” ↩
- Michael Wisley dari Lowye Institute, “What is at stake in the South China Sea”, 25 July 2012 ↩
- Fu Ying message delivered in Bangkok in June/2012, reported on The Nation, accessed http://www.nationmultimedia.com/politics/Chinese-minister-Asean-can-shape-power-play-in-E-A-30184834.html on 28/8/2012 ↩
- ASEAN Foreign Ministers Meeting in Bali, July 2011, expressed its serious concerns over incidences in the South China Sea; accessedhttp://www.asean.org/documents/44thAMM-PMC-18thARF/44thAMM-JC.pdf, on 28/8/2012 ↩
- As pointed out by Indonesia President SBY at the Shangri-la dialogue, Singapore, July 2012, reported on Indonesia Foreign Ministry’s website:http://www.setkab.go.id/mobile/international-4585-sby-encourages-durable-peace-for-asia-pacific-architecture-to-forge-a-new-understanding-of-stability-and-prosperity.html, accessed 30/8/2012 ↩
- Hugh White in his commentary in the Lowye Institute’s The Interpreter, accessed http://www.lowyinterpreter.org/post/2012/08/02/ASEAN-wont-help-US-manage-China.aspx on 28/8/2012 ↩
- Hugh White in his commentary in the Lowye Institute’s The Interpreter, accessed http://www.lowyinterpreter.org/post/2012/08/02/ASEAN-wont-help-US-manage-China.aspx on 28/8/2012 ↩
- Principle number 4 of ASEAN’s 6 Point Principles Statement on the South China Sea. ↩
- Art.14 of the Exclusive Economic Zone and Continental Shelf Act of 26 June 1998 provides that “[t]he provisions of this Act shall not affect the historical rights of the People’s Republic of China”. ↩
- See the Philippines’ proposal at UNCLOS at A/AC.138/SC.II/L.46 ↩
- Hasim Djala, Thirty years after the adoption of UNCLOS 1982, Jakarta Post, 21 August 2012 ↩
- Article 4 of ASEAN’s first Declaration on the South China Sea reads “COMMEND all parties concerned to apply the principles contained in the Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia as the basis for establishing a code of international conduct over the South China Sea;” ↩
- Ralf Emmers, “ASEAN, China and the South China Sea: an opportunity missed”, IDSS Commentaries, 30/2012 ↩
- At their Commemorative Summit on 15th anniversary of ASEAN-China relations, ASEAN – China pledged to “work towards the eventual adoption, on the basis of consensus, of a code of conduct in the South China Sea, which would enhance peace and stability in the region”. (Article 14 of the Joint Declaration, accessed http://www.aseansec.org/18894.htm, on 28/8/2012) ↩